Table of Contents
当ブログをご覧いただきありがとうございます。相続専門の税理士の岡田隆行(okatakatax.com)です。
今日は時間を30分間と決めて、物置(旧暗室)部屋の片付けにいそしみました。片付けていて気がついたのは「ちょっと置いとこう」のモノが積み重なっているということでした。
収まる場所が決まっていない
今日は手始めに、物置部屋の棚の上の一部に積まれているものを広げて見ました。
ポータブルナビゲーションシステムの本体と付属品
10年以上前に買ったソニー製のもので、バイクに取り付けて使っていたもの。製品は製造中止になっており地図の更新もできず数年来使用せず。
キャップ6個
デカ頭にフィットするキャップを求めているうちに、いつの間にか増殖してしまったキャップ達。
バイクの電子パーツ(新品)
Amazonでポチッたものの、取り付け待ちではや1年が経過。
クルマのプラモデル(箱入り)
これも買ってから5年以上経過した品物。
どうして積まれたままになっているのか。それは、収納場所が決まっていないからです。収納先が決まっていないので「とりあえず」棚の上に置いたが最後、そこにそのまま放置され続けているという現状がよく分かりました。
家にモノがあふれる理由
なぜ家にモノがあふれるのか、その理由は当たり前ですが「収納能力以上にモノがあるから」です。
収納能力までモノの量を抑えて、新たなモノを買ったらそれと同量のものを捨てるというルールを徹底すれば、モノがあふれることは絶対にありません。
こんな単純なことを、分かっているけれど、実行に移せていないのです。いえ、ほんとは分かっていないのでしょう。
得たいのはすっきりしたという感情
人間がほんとに欲しいものは感情なのだと、今井孝先生のセミナーで学びました。ほんとに欲しいのは、お金ではなくて、お金で買えるモノでもなくて、そのモノから得られる感情が欲しいから、人間はお金を得たいと思う。
私が欲しいのはすっきりとした物置部屋です。ほんとに欲しいのはすっきりとした物置を見た時の感情が欲しいのだと思います。
物置部屋のドアを開ける度、所狭しと置かれているモノを見ると、なんだか落ち着かないというか、残念なというかなんとか片付けたいなという思いが湧いてきます。
でも片付けるのは面倒だし、他にやるべきことはたくさんあるしと、なにやかやと理由をつけては毎日その残念な感情を無視し続けていることは自分でも分かっているのです。
こういったやらねばならないことがあるが、放置してしまっていることは多かれ少なかれ、みなさんお持ちのことだと思います。
やりたいことはたくさんあるのだけれど、自分に与えられている時間は限定的です。
人生の折り返し地点はとうに過ぎ、50代も半ばになってくると、自分に残された時間というものを考えるようになります。
80歳まであと20年あまり、それまでずっとこのモノで一杯になった物置部屋を見ながら過ごすのは嫌です。
そろそろなんとかしなければならない時期、それが今なんだと思って明日も片付けにいそしみます。
【きょうの料理】
レンチンした鶏むね肉を鰹のタタキに見立てて、玉ねぎスライスと大葉を添えたものです。ポン酢と出汁醤油を同量まぜたものをさっとかけていただきます。