脱力は力なり 柔軟なもののパワー
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相続税専門の税理士の岡田隆行(okatakatax.com)です。 ☞ 仕事を依頼する
私は毎朝30分程度のランニングは欠かしませんが、夏場は身体が重たくてつい、歩いてしまいがちです。
そこで、今朝は脱力してのスローランニングを試してみました。
最近、就寝時の完全脱力の感覚を覚えて、それを起床時にもためしています。
車の運転時に脱力は注意力が落ちて、ちょっとまずいです。
歩行時の脱力もちょっと難しく感じます。
歩行時よりもむしろスローランニング時のほうが脱力しやすいと私は感じます。

合気道の「折れない腕」
先日読んだ「心を道具化する技術」(小川清史著、ワニブックス刊)に「折れない腕」のことが書かれていました。
合気道で、脱力することの重要性を認識するためのトレーニング法なのだそうです。
やり方は前向きに伸ばした腕を、他の人が肘関節で折ろうとするのに抵抗するいうワークです。
この時抵抗する、つまり伸ばした腕に思い切り力を入れている場合には、簡単に曲げられてしまいます。
ところが、腕を折ろうとする他人を意識せず、ただ腕を前に伸ばし脱力しているときには折ろうとしても折れないそうですと言います。
つまり、人間は脱力している時の方が本来の力を発揮できるということのようです。
いつも肩に力が・・・
思い起こしてみると、以前の私は、人数にかかわらず人前では妙に肩に力が入っていました。
その力みのせいで、言動がぎこちなくなってしまいがちでした。
清之介のように柔軟に
身体に力が入っていると、動きが制限されてしまい自然に動けない。
つまり脱力することが大事。
柔よく剛を制すというのも、きっと脱力できるものが強いということなのでしょう。
あさのあつこ著の小説に弥勒シリーズという作品があります。
舞台は江戸時代末期、主人公は北町回り同心の小暮信次郎と、小間物問屋の遠野屋清之介です。
清之介は商人になる前は暗殺者として生きてきた、おっそろしく強い剣の達人です。
信次郎と清之介は敵同士ではないのですが、しばしば信次郎は清之介に抜き打ちで切りかかるシーンがあります。
いかなる際に打ち込まれても清之介は常に脱力しており、するりと信次郎の剣筋をかわしてしまいます。
そんな柔軟さが欲しいものです。
身体と心は表裏一体といいますから、身体が柔軟だと心も柔軟になり、いらぬことに心わずらうことなく、ごきげんに生きていけそうです。
【きょうのお仕事】
【きょうの料理】
トマトの親子丼。意外と美味いですよ。ごちそうさまでした。

