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当ブログをご覧いただきありがとうございます。相続専門の税理士の岡田隆行です。
自分のことを喋っても仕方がない、人は他人のことにはあまり関心を持たない、ということをデールカーネギーの本から学んで以来、人とお会いするのが楽しみでなりません。

人は他人に興味を持たない
先日、あることで親類の寄り合いがありましたが、ほとんど会話がありません。伯父さんと甥っ子の関係で、ほんとうに何十年ぶりに顔を会わせた人もいたようですが、儀礼どおりの挨拶だけであとは無言です。なぜ会話がないのか、相手に興味がないからです。
食事の席でも、お通夜ではないのにお通夜のような静けさのなかで時間がすぎて行きます。
試みに、私の隣に席を占めていた姻戚の方にその人の趣味について、話をこしらえて話しかけてみたところ、堰を切ったようにおはなしが始まりました。真っ暗闇のなか、電灯がパっとついたように、そのスイッチを押してしまったようです。他の方ともお話ししたいのに、なかなかその人のはなしが切れなくて困るくらいに趣味のはなしがつきません。
自分が知らないことを必ず知っている
他の方とおはなしする時間がなくなったのは残念でしたが、私が知らなかったことをその会話のなかで知ることができました。
人間はすべてを知っているような顔をして生きていますが、数少ない知っていることの範囲でかろうじて生きているだけで、ほとんど何も知りません。
当たり前ですが、他人は自分とは別の人生を歩んでいて、生きている時間の分だけ自分とは別のことを何かしら学習して知っています。それを教えてもらうことを人とお話しする目的にするのもアリです。
ご飯を供するのとおなじ
人間には他人から認めてもらいたいという欲求があります。自分のことを喋りたいというのは、ご飯を食べたいとか、眠りたいとか、お金が欲しいとかいったことと同様の欲求なわけです。
ですから、人と接する時には、自分のことを喋りたい欲求を満たしてあげるようにしないとうまくいきません。これはそういった視点、視座をもって観察しているとほんとうに実感することです。
これをやっていると、自分のことは喋らなくていいんだなというのがよく分かってきます。たまにこちらのことを聞いてくる人もいますが、明らかに語尾に(・・・興味ないけど。)がついている人がほとんどです。
こちらは相手が自分に興味を持たないことを前提として構えていますから、この人興味ないけど聞いているなというのがよく分かります。そういうアンテナを立てていますので、よく反応するのです。そこで、興味を持たれていないからといって、がっかりするとかはしません。人は他人に興味を持たないことを心の底から理解できれば、そこで残念がったところで得るところはありません。
自分に置きかえてみればよく分かります。ベースの自分がそうであるように、人は他人に興味を持たないのです。そこで、こう考えてみるのです。
「自分のことは自分がいちばんよく知っているのだから、それを他人に伝えたところで自分が得られることはない。他人は未知のかたまりだから、他人の話を聞くことによって何かしら得られるものがある。だから、自分のことを言うのは極力少なくして、他人の言いたいことを言ってもらいそこから得られるものを探そう。」
【きょうの料理】
チョコバナナケーキです。板チョコ1枚、バナナ1本、きび砂糖大さじ1、薄力粉80g、ベーキングパウダー2g、バター15g、卵1個、ラム酒大さじ1、刻んだアーモンド適量、レーズンひと掴みをよく混ぜてパウンドケーキ型に入れて、180℃で30分ほど焼きます。焼いたあと、さわれる温度になったらキッチンペーパーで包んで、さらにラップでぴっちり巻いて、ひと晩寝かせます。しっとりとした食感が楽しめます。
