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おはようございます。税理士の岡田隆行です。
さる事情で実家のクルマが使えなくなり母の買い物支援へ。お正月用のお買い物のためなのです。
考えてみると、前に母の買い物に同行したのはいつだったか覚えていないほど久々のことでした。
気がついたのは買う量が多いこと。煮しめ用の板こんにゃくは10枚買っていました。

足りないのはダメ
母は大戦終盤の生まれですので、幼少期にはいろいろなモノが足りない経験をしています。さらに、お正月はどこのお店もお休みで、モノが買えないかった時期が長かったせいか、盆正月の会食時にはもちろん人が集まるときの食事は過剰気味につくったり、注文したりします。
年末恒例の餅つきももち米6升分です。何年か前までは都会に住む伯父にも餅を送っていたので、そのなごりで多く作るというのが習慣化してしまったのかも知れません。
おでんも多量に作ります。大きめの密閉ケースに入れて持って帰るのですが、2~3晩おでんが続きます。美味しいのですが、3晩目になるとさすがに目がバッテンになります。
しかし、「そんなに食べられないから、もう作らなくていいよ。」というのも気が引けて、冷凍庫のこやしになっていたりします。
贅沢な悩み
考えてみると贅沢な悩みだなとほんとうに思います。親がいてくれて、高齢にもかかわらず元気で、いろいろと気をつかってくれているのにもかかわらず、作る量が多すぎると文句を言っているのですから。
映画化もされた「きのう何食べた」(何食べ)でもこのエピソードはでてきます。母親が作るごはんの量が多すぎて「高校生じゃないんだから」とグチるシロさんを、パートナーのケンジがそれは贅沢だよとたしなめるシーン。そういえば、シロさんの実家の近所の人から頂いた大量のお餅をシロさんが持って帰らされるというエピソードもありました。われわれの世代的なものなのでしょうね。
まさに、ショーペンハウエルの言うところの「ひとは足りていることには目を向けずに、足りていないことにばかり文句をつける。」そのものですね。
足りていること、親が元気でいてくれることに感謝して、お餅はなんとかアレンジして完食するようにします。
【きょうの料理】
いただきものの白菜と牛すきやきパックのアレンジです。
しょうゆとみりん大さじ1と砂糖小さじ1を追加。フライパンで蓋をして蒸し焼きにすると、白菜から水分が出ていい感じになりました。
