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おはようございます。税理士の岡田隆行です。
そんな大それたことではないけど、たまにやってしまいますよねちょっとした愚かな行為。
たとえば、「しまった、さっきは嫁さんに言い過ぎた。」とか、クルマを運転していてちょっと譲ればいいところで譲ることができなかったとか、生活していると大小さまざまですが、なにかと愚行をやらかしてしまうシーンがあります。
愚行メモ
デールカーネギーさんはそんなじぶんの愚行を記録していたそうです。そのメモの名はFTD(Fool Things I hove Done)といいます。じぶんの愚行とそれに対する批判の記録を再読することで、じぶんに今後起こりうる困難な問題への対処に役立てたそうなのですね。
その記録をしようと考えたきっかけは、じぶんに起こる不幸は結局はじぶんの責任であることがほとんどだと悟ったから。なにかもめごとが起こって、相手をいくら非難したところでなにも始まらない。大切なのは、じぶんがこれからどう行動するかなので、そのことに注力するということでしょう。
他人を変えることはできない。変えられるのじぶんだけ。という考えがここでもあてはまります。
変えられるのはじぶんだけ
ベンジャミン・フランクリンは毎晩自己反省をして自分の過失を挙げていました。そしてその自分の欠点と連日戦いつづけて克服し、アメリカでもっとも敬愛され、模範とされる人物となりました。
小人物はごく些細な批評に対しても逆上するが、賢い人は自分を非難し、攻撃し、論争した相手からも学ぼうとする。
道は開ける/デールカーネギー
ひとはみな感情的な動物
じぶんを含めてひとはみんな常に理性的であることは難しく、感情的になってしまうことが多々あります。ふだんは何ごとにも理性的に判断できるひとでも、ふとしたきっかけで感情的な行動=愚行にはしってしまうこともあるでしょう。
ひとはみなそうなのだと考えて、それをじぶん自身に置きかえてみれば他人の行為を批判することは回りまわってじぶんにはね返ってくることがわかります。そうすれば、他人を批判することはできない、ひとからの批判を進んで求めたほうが建設的といえます。
わたしたちは非難や賞賛の当不当にかかわらず、非難に憤慨し、賞賛を喜ぶ傾向がある。わたしたちは理性的ではなく、感情的な動物なのである。わたしたちの理性は、感情という暗い嵐の海に浮かんだカヌーのようなものだ。
道は開ける/デールカーネギー
わたしたちは完全無欠を望めないのだから、偏見がなく、有益で、建設的な批判を進んで求めよう。
【きょうの料理】
豚バラ肉と大根のみそ炒め煮です。
豚バラ肉のうまみと味噌、レンチン大根のコンビネーションです。
しみじみとうまいです。